DV認定され、9歳の娘に二度と会えない…離婚で地獄を見た男の嘆き(前編)

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DV認定され、9歳の娘に二度と会えない…離婚で地獄を見た男の嘆き
1/30(火) 11:00配信
西牟田 靖
現代ビジネス
わが子に会えない夫たち
1/30(火) 11:00配信
年間21万組が離婚をする昨今において、子供の親権を巡って夫・妻双方の意見が食い違い、お互いの納得・合意が得られぬまま、裁判所の判断によって親権が決められてしまうケースが多発している。
『わが子に会えない』などの著書があり、離婚にまつわる諸問題について取材執筆を重ねているノンフィクションライターの西牟田靖氏が今回報告するのは、DVなどの理由で親権を認めてもらえなかった男性のケースだ。無論、本当にDVがあったのなら仕方がないが、この男性の場合はどうやら違うようである。
いわれのない理由で、ある日突然、最愛の娘・息子に会えなくなる――。この親権を巡る問題を西牟田氏が追う。
愛する娘に7年会えない
「離婚裁判中、妻側の弁護士らは、私が妻に配偶者暴力(DV)を振るったと断固主張し、私を社会的に抹殺しようとしました」
こう語るのは、妻に子供を”連れ去られ”、わが子と会えない状態が7年以上に渡って続いているAさん(40代)だ。
Aさんは、2016年3月に、9歳の女児を父母どちらが育てるかをめぐって争われた一審千葉家裁松戸支部で、当時一緒に生活していた母親ではなく、離れて暮らしている父親に親権が与えられた当事者である。
しかし翌17年1月、Aさんは東京高裁で逆転敗訴の判決を受け、親権者が母親となり、いまだ娘に会えないままだ。
Aさんの主張を要約すると、こうなる。
・離婚する前まで、娘を育てていたのは自分
・離婚裁判の時に、娘の親権を訴えたが全く認められなかった
・根拠とされたのはDVだが、そのような事実はない
なぜAさんの親権は認められなかったのか。Aさんは「弁護士と裁判官が結託して、結論ありきで話を進めたとしか思えない」と言う。
一見、「思い込みではないのか」とも思えるが、実はこうしたケースは多発している。今回のルポでは、Aさんの主張、同じ経験を持つBさんの話、そしてこのことを問題視している弁護士の話をもとに、離婚裁判における親権争いの問題点を指摘していきたい。
そもそもAさんの離婚問題の発端は何だったのか。結婚から別れまでの経緯をAさんに語ってもらった。
「私と妻は大学時代に知り合い、二人とも大学院を出て、私は国家公務員に、妻は国連職員になりました。2006年に結婚し、翌年に娘が産まれました。ある時、妻が義母と協力して、私の留守中を狙い家に保管していた現金を無断で持ち出したんです。
本人は後に裁判で『生活費を渡してもらえず、検診費用にすら窮したため』と主張したのですが、却下されました。その一件があって以降、私は離婚を考えていたのです。
しかし、当時、妻のお腹には娘がいました。悩みながらも、娘が成長するまでは両親が必要と考え、また義父の説得もあり、婚姻関係を継続することとしました。
妻は長女の出産後、東京の大学院に通い始めました。一方、私は出向となり、2009年から、娘とともに大阪で暮らす生活が始まりました。妻は平日を東京の実家で過ごしながら大学院へ通い、週末に大阪に来る割合が増えていきました。
1年も経つと、私が家事や育児のほとんどを担うようになっていました。その頃、保育園の送り迎えは私がやっていました。朝夕の食事や寝かし付け、入浴なども基本的に私がやっていました。
ところがその年の5月1日、連休で大阪を訪れていた妻が、『海外で働きたいので娘を連れて外国へ行く』と言い始め、朝から激しい口論となりました。
私はもう、限界でした。その日の夜、ついに離婚に向けての話し合いをしました。ただ、夫婦の切れ目を親子の切れ目にしてはならないと考えました。妻は私にとって酷い女性でも、娘にとっては大切な母親です。
そこで、私は妻に別れた後の共同養育計画を提案しました。『私が娘を育てるから、君は海外で好きなだけ仕事をすればいい。もちろん、君が日本に戻ってきた時には自由に娘と交流してほしい。養育費も含めて、全部こちらが払う』と言って書面を渡したところ、妻は『2週間考えさせて』と言いました。
その後の数日間、私たちはつかの間の平穏な時間を過ごしました。3人で喫茶店に行って和やかに過ごしたりしたんです。その頃の妻はケンカした時とは別人のように穏やかでした。私は妻が離婚について前向きに考えてくれているんだとばかり思っていました。
ところが、連休明けの5月6日、事態が動きます。私が娘を保育園に迎えに行くと、娘がいなくなっていました。保育園の先生によると、妻が迎えに来た、とのこと。しかも帰ってくると、住んでいたマンションから妻や娘の持ち物がなくなっていて、部屋がもぬけの殻になっていたんです」
家裁では親権を得たものの…
突然娘を連れ去られたAさんは、妻との離婚裁判を始める。2016年3月、千葉家裁松戸支部は、Aさんが提案した「共同養育計画」に着目した。Aさんは年間100日の面会交流を提案したのに対し、妻は月1回程度の面会としていたのだ。
この裁判で採用されたのが、「フレンドリーペアレントルール」だ。これは、別居親と友好関係を保てる親を、親権者決定の際に優先するというもので、裁判所はAさんの養育計画を評価したものと思われる。こうしてAさんは一時、愛娘の親権を得ることに成功した。ところが妻側はすぐさま控訴。裁判は東京高裁に持ち込まれた。
残念ながら続く2017年1月の東京高裁でAさんは逆転敗訴する。この裁判は一審で「フレンドリーペアレントルール」が採用されていたことなどもあり、社会的に注目されていた。勝訴した妻側は記者会見を開き、状況を説明。その時配られた資料には、次のようなことが記されている。
控訴理由骨子(妻側の主張)
(1)別居に至る状況:夫のDV(経済的、社会的、精神的、身体的)が原因
・結婚当初から、妻は夫の仕事の手助けをするなど夫をサポートしてきたが次第に両者の関係は難しくなっていった。その理由は、夫のDV・抑圧・支配である。
①経済的DV(生活費を渡さない、妊婦健診の費用も払わない)、
②社会的隔離(復職妨害、親族との交流を阻害)、
③精神的虐待、身体的DV(大声でどなる、罵倒する、人格否定や子供の前での怒号、どつく、食器を投げつける、ハサミを突きつけるなど)から4年後に別居
(3)別居時に妻が長女を連れて行ったことはむしろ当然のこと
・長女の誕生以来ほぼ全面的に育児をしてきた子を同道させたことはごく自然な成り行きであると共に、必然である
(5)夫の親権者としての不適格性
・子の健康状態や成長ぶりに無関心であり、かつ自身の意向に従わない者を激しく攻撃する特性がある。そのような性質が子供に向けられた場合は危険。
Aさんが私に話してくれたことと、記者会見で妻側の弁護士が語ったことや配られた資料と内容がどうも食い違う。どういうことだろうか。Aさんにいくつか質問をぶつけてみた。
弁護士の影
――裁判ではDVがあったことが焦点となったようですが、実のところDVはあったんですか。
「私は誓って妻や娘に暴力を振るったことはありません。確かに、妻が娘を海外に連れていくと主張し、仕事中はメイドに預けておくと平然と言った際に妻を激しく叱責したことは認めます。『娘は君のペットじゃない』と。妻側は、このような発言などもDVに該当するのであり、私にDV加害者の自覚がないと攻撃してきました」
――そもそもなぜ奥さんは娘さんを連れていったんでしょうか。
「力ずくでも子供を手元においた親のほうが、親権を勝ち取るのに有利なんです。『子供の福祉と共同親権』という日弁連の財団が作っている冊子には次のように書いてあります。『実務家である弁護士にとって、親権をめぐる争いのある離婚事件で、常識といってよい認識がある。それは、親権者の指定を受けようとすれば、まず子供を依頼者のもとに確保するということである』と。
つまり『親権を勝ち取るためには子供を連れ去ることも正当化される』というお墨付きを日弁連が与えているのです。
こうした実子誘拐行為は諸外国では重罪です。アメリカでは罰金または3年以下の禁固刑、スペインでは2~4年の禁固及び4~10年の親権剥奪などとなっているんですが、日本では子供の連れ去りは犯罪ではない。こんな状況ですから、弁護士は当然のように『子供を連れ去れ』と指導します」
Aさんは、妻が一人でこのような「連れ去り」を思いつくはずもなく、おそらく、妻側の弁護士から様々な「助言」を受けたのではないかと推測しているという。
――相手側の弁護士が奥さんに進言していた、と考えているのですね。
「そうだと思います。例えば、妻が娘を連れて出ていった時に、部屋に妻と見知らぬ男性との仲睦まじい写真がこれ見よがしに置いてあったのですが、こういうのも弁護士の指導がなければやらなかったはずです。
なぜこんな挑発的な行動を取るのか。それは、夫婦二人が協議できないほどの『高葛藤』状態であることが、裁判をするにあたって必須だからです。最愛の娘を突然奪われた上に、こんなことをされれば私も激昂します。激しいメールだって妻に書きます。そうすると、妻側の弁護士は、そのメールを『夫の性格が攻撃的』である証拠として裁判所に提出できるのです。
ストレス性腸炎の診断書を、大ゲンカする前日の4月30日にわざわざ病院まで出かけてもらいに行っていたことも気になります。ストレス性腸炎は申告すればすぐ診断書がもらえるため、DV被害を偽装する場合に使いやすいそうです。だけど一般の人はそんなこと知りませんよね。
こうしたことを総合すると、遅くとも4月半ばまでに妻が弁護士と打ち合わせて、いつ娘を連れ去るのか。その日にちについて話し合ったのではないか。連休明けの平日、5月6日なら、私は仕事なので娘と離れます。そうして5月6日をXデーとし、その日までは、私を油断させておきつつ、DV被害を主張するために診断書を準備するなどして過ごしたはずです」
――その後はどうなるのか。
「子供を連れ去った後、調停などをして1年ほど経つと、『はい、じゃあもう新しい環境になじみましたね。そこから元の環境に戻すと子供の利益になりません』という『継続性の原則』というのがあります。そうして親子の引き離しが固定化されるんです」
――離婚を考えて弁護士に相談する前から、奥様はこういった展開を考えていた、と思っていますか。
「おそらく妻は無理やりの連れ去りやDVのでっち上げまでのことは考えていなかったんだと思います。単に娘を外国に連れて行きたかっただけ。それを弁護士が自分たちのやり方で事を動かしてしまったのではないか、と思っています。それが不幸の始まりです。妻も被害者の一人なんです。こんな状況下に置かれた娘がかわいそうで仕方ありません」
わが子連れ去りの「パターン」
Aさんのほか、私はこれまで拙著『わが子に会えない』や雑誌、ウェブ媒体の取材で、この手の話をたくさん聞いている。そのパターンは次のようなものだ。
子供を連れ去られる。
→離婚等を求める訴状が届く。
→調停を手始めに法的な紛争が開始される。
→子供を取り返しに行くと逮捕されかねないため、別居親は会いに行くのを我慢して、調停や裁判を続ける。
→調停・裁判後、月1回2時間などといった短時間で何度か子供と会う。
→双方、非難の応酬となる。その結果、相手の感情が悪化。
→「子供が会いたがっていない」などと理由をつけられて、だんだんと引き離される。
→何年も経過し、「継続性の原則」が適用されて、ますます不利になる。
→結果的に何年も子供と会えなくなる。
いわゆる”連れ去り”を行なう割合は女性の方が圧倒的に多い。そのため、子供のいる場合の離婚では9割の親権を女性が取り、父親が子供と離ればなれになることが多い。
Aさんは、「ここまで妻側にとって都合よく話が進むのは、裁判所と弁護士の間で、離婚問題についてのある種の『癒着のような関係』があるからではないか、と疑っています」と語る。
「子供の連れ去りを教唆・幇助する弁護士たちは、パターンに沿って次々と一方的にアクションを起こします。そして、最後は依頼人を親権者とする完璧な判決文のドラフトが自動的に出来上がるようになっています。裁判官がやることは、それをほぼそのままコピペするだけです。子供を連れ去られた親側の主張などは、全く判決文に反映されません。本当の話が混じると矛盾した文章になってしまうので。
彼らの金儲けのために何の罪もない子供たちが犠牲になっている状況を見て見ぬふりをすることは私にはできませんでした。そこで、自分の娘も含めて、未来の子供たちを救うためにも真実を世の中に伝えようと誓いました」
こうした現状を問題視し、変えていこうとするAさんの”挑戦”は敗訴の後も続いている。2017年6月、Aさんは31人もいる妻側弁護士のうち、中心的な4人やその他の関係者を警視庁に刑事告訴した。
Aさんの主張は、果たしてどこまで認められるのか。それは、この後裁判が行われることになれば見えてくるのかもしれない。
実は、筆者はAさんと同様のケースで、親権を「奪われた」男性に取材している。後編では、Bさんの話をもとに、この問題に迫ってみたいと思う。
<後編は明日31日公開です>
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